経済小説『排出権商人』を読み終えました。
『排出権商人』は地球温暖化を商材にして利益獲得に奔走するグローバル企業とその活動を取りまく国や団体との間に起こる軋轢を乗り越えていく、ほぼ実社会で起こっていることが題材です。この小説に男女の秘め事や人生論を語る記述はほとんどありません。世界を舞台に人類共通の課題ともいうべき地球の温室効果ガス削減を企業がどのように取り組み、その取り組みが企業や社会に何をもたらすのかを紐解いていきます。
あらすじと感想<Novelsman Comment>を記します。環境ビジネスに興味を感じている人にとってはプラスになる一冊と思います。
目次
<排出権商人のあらすじ>
地球環境室
大手エンジニアリング会社である新日本エンジニアリングでカーボンクレジット(排出権)売買による差益獲得を目的に新設された「地球環境室」のリーダー松川冴子は利益を生む排出権ビジネスのパートナーを見つけるために、国内外の環境汚染対策に取り組む企業を訪れます。排出権売買の種である二酸化炭素(CO2)は地球温暖化の元凶とされ、世界で最も多くCO2を排出しているのはアメリカ、次が中国、それにロシア、日本と続きます。中でも中国は世界の排出量の12%を占め、削減対策がまだ本格化していないのでビジネスとして拡大の余地が大きいととらえられています。松川冴子率いる地球環境室は中国のエネルギー企業への売り込みに照準を当てて活動していくことになります。
社長の椅子
松川冴子の勤務する新日本エンジニアリングは世界屈指の技術を持って世界中のプラント建設に貢献しているグローバル企業ながら財務は火の車状態で増資を行って中期経営計画達成と経営の安定化をめざしています。そんな中、社長昇進を狙う役員仙波義久は翌年に控えた経営計画達成のためにさまざまな手段を講じて利益獲得に邁進していきます。
空売り
ニューヨーク・マンハッタンを拠点に投資会社パンゲア&カンパニーを運営する北川靖は新日本エンジニアリングの業績が下落すると予想して株式の空売り(値下がりを予想して証券会社から株式を借りて売り、買い戻して株式を返却する際の差額で利益を狙う手法)を進めます。北川の予想に反して新日本エンジニアリングの株価は下がることなく推移しますが、不自然な子会社の連結解除を財務諸表の中に発見すると、株価を下げる好機と判断し会社の価値を下げる情報を発信したり株主総会に出席したりして株価を下げる積極的な行動を取ります。
光と影
松川冴子がターゲットに据えた中国のエネルギー開発会社との排出権案件は中国政府の方針や商慣習、そして国連が定める条件との間で折り合いがつかない課題が山積して排出権の取得に時間がかかっていましたが、松川冴子と地球環境室の粘りつよいアプローチにより国際機関から排出権売買の承認を得て成果を得る結末にむかいます。
無理して計画を達成しようとした新日本エンジニアリングはウクライナでの事故により利益目標の達成が困難になって北川靖の思惑通り株価が暴落し役員の退陣を余儀なくされます。一方で世界で注目されて拡大余地が大きい松川冴子率いる同社地球環境室は買主のリスクが低い法人譲渡売却方法(LBO)により分割譲渡され別会社として独立します。松川冴子はリーダーに任命されて環境ビジネスに邁進することになります。
排出権商人 感想 <Novelsman Comment>
私は排出権ビジネス=「空気がお金に化けること」に疑問を感じている一人です。私はかつてマレーシアで地球温暖化を促進するフロンガスを回収して再生するビジネスに関わったことがあります。その時顧客に「温暖化をストップしよう」とマレーシア政府のCO2削減目標をプレゼンテーションしながら、私が常に考えていたのは自分の会社の販売数値でした。そんな小さな活動でも小説のようなプロジェクトでも空気中に放出される温暖化ガスは確実に減っていきます。しかしながら、そのような経済活動を行うことによって世界中で毎日汗を流して働いている人びとが目に見える恩恵にあずかることができるのでしょうか。限られた人に富が集中することはないのでしょうか。そして何より本当に地球はこの活動によって住みやすくなるのでしょうか。著者の本作品のポイントの一つがここにあるのかもしれません。
排出権商人 ホテル <Novelsman Comment>
小説の舞台となっているマレーシアペナン島にあるE&Oホテルは実在のホテルで、南国らしい景色と合わせてコロニアルスタイルの重厚で豪華な建物は一見の価値があると思います。東南アジアにはE&Oホテルの他にラフルズホテルシンガポールやザ・ペニンシュラ(香港)等のファイブスターホテル(最高級ランクホテル)が営業しています。機会があれば訪問してみたいものです。
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