『砂漠の青がとける夜』中村理聖 | あらすじです

砂漠の漆黒の夜に鴨川のせせらぎを感じてみませんか

 中村理聖の『砂漠の青がとける夜』を読みました。主人公の女性、瀬野美月の揺れる恋心を淡いタッチで語る小説です。どこにでもありそうな日常の中で、特別な感性を持つ準君と美月の交流を優しい文章で綴る内容に引き込まれました。中でも、終盤に美月が準君と歩きながら思い浮かべている情景は私の知る京都や海外の景色と心地よく重なります。

 美月の愛の行方も準君の感性が向かう先も手がかりのないまま物語が終わります。結末にとまどいましたが、美しい情景描写が際立つ印象深い小説です。ネタバラシ内容です。読もうと思っておられる方は読んでからもう一度ここを訪れていただいた方がいいかも知れません。

本書のあらすじとNovelsman Note<独り言>を記します。よろしければおつきあいください。

『砂漠の青がとける夜』 あらすじ

砂漠の青がとける夜:「いただきます」

 瀬野美月は京都のカフェで菜々子姉ちゃんを手伝っています。このカフェは美月と菜々子姉ちゃん姉妹の両親が始めたお店を菜々子姉ちゃんが譲り受けて開いたお店です。姉妹の両親は京都の町屋を改装しておばんざいのお店を営んでいました。家族みんなで「いただきます」を言うのが好きだった父親は2年前に脳梗塞で他界しています。母親は父の死後叔母がいるオーストラリア・ゴールドコーストで暮らしています。

 菜々子姉ちゃんはお腹に新しい命を宿したことがあります。しかしその赤ん坊は人の形を成す前に、身体から流れ出てしまいました。菜々子姉ちゃんは心の傷が痛むのか時々沈み込んでしまうことがあります。

 美月と菜々子姉ちゃんはたくさんの繰り返しを含む毎日を送っています。今日も二人はカフェの仕事を終え、父親のの遺影に感謝の気持ちを込めて祈ります。「いただきます」

砂漠の青がとける夜:「愛してる」

 美月は京都のカフェで奈々子姉ちゃんのお店で働いている時、溝端さんから「愛してる」というメールを何回も受け取ります。溝端さんは美月が東京にいる時に知り合って深い仲になった飲料メーカーに勤める男性です。溝端さんは20歳年上の既婚者ですが美月との時間を楽しみにしていました。美月は溝端さんとデートを重ねながらも、会社を辞めると溝端さんに「京都に行く」とメールして住所を伝えることもなく彼との関係を切り捨ててしまいます。

 京都に移って半年が経ちますが、美月は今も溝端さんとの時間を時々思いだします。溝端さんの「愛してる」メールも美月のスマートフォンの中に消されることなく居場所を確保しています。

砂漠の青がとける夜:「言葉の色と形」

 結城準、準君はカフェの常連さんです。中学生なのに一人でカフェにきてコーヒーを静かに飲んでお店を出ていきます。美月は準君と仲よしです。準君は美月のことを「美月お姉さん」と呼んで心を開いていきます。ある日、準君が美月お姉さんに打ち明けます。

誰かが、何かを言うだろう。すると、その言葉の意味以外の声が僕の耳元で響くんだ。そんで、その声の姿のようなものが見えるんだ

 準君は言葉の本当の色や形が見える能力を備えているようです。目の前の世界が一つではなくいくつも重なり合って見えているようです。このために準君にとって人の声と言葉は、本当にうるさいものなのです。

 しかし準君は美月に言います。“美月お姉さんは、安心なんだ。いつだって、美月お姉さんは一つだから」

砂漠の青がとける夜:「モロッコの砂漠の夜」

 織田聡史、織田先生は家族が福井県にいた頃の菜々子姉ちゃんの中学時代の同級生です。美月は織田先生のことを思い出せませんが、織田先生は美月を覚えています。菜々子姉ちゃんは織田先生が京都で先生をしていることを知っていますがここ数年疎遠になっているようです。織田先生は鴨川の河原にいる美月と偶然出会い、その後菜々子姉ちゃんに会うためににカフェにやってくるようになります。

 カフェで準君が織田先生に、「砂漠の上の青い夜空」を見たことあるかどうかを聞いています。織田先生は “モロッコの砂漠の夜を僕は見た。青いはずがない。暗闇なんや。でも、それを何分も見つめていると、僕にはその漆黒がだんだんと、深くて重たい青に変わってゆくように見えた“

『砂漠の青がとける夜』 Novelsman Note <独り言>

 準君が美月にささやく言葉を引用します

世界が、緑と青に沈んでゆくよ。美月お姉さんが、緑色と青色の中にいる。

 この時美月は、溝端さんの「愛してる」が夢の中に入り込んで物語は終わります。怖さと暗さを表す深い緑も深い青もここでは美月をやさしく包む色に映ります。『砂漠の青がとける夜』にはこのような淡くて優しい表現がたくさん出てきます。ゆったりとした気持ちにさせてくれる本書の中でこの一節が最も印象的でした。

 ミステリー小説や経済小説にある迫力も臨場感も感じないのに印象に残る一冊でした。もしもテレビドラマや映画の原作にすると監督はどんな映像になるのでしょうか。そんなことを考えながら書棚に戻しました。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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