斬首刀(ざんしゅとう)宮ノ川顕|あらすじ 現代ホラー長編小説です

 ホラー小説作家宮ノ川顕の『斬首刀』を読みました。正直な感想として、人間が自然や霊界の超常現象に負けまいと挑戦している現代風歴史小説を読み終えた感覚です。背筋が寒くなるような感覚を期待されるホラー小説が好きな読者さんにはちょっと物足らなさを感じる作品かもしれません。

 また自然の中で自由に行動する気丈な女性が全体を通して重要な役割を演じています。ミステリー小説で定番の犯人を動揺させて追い詰めていくような重たい雰囲気を感じることはありませんでした。江戸幕府を守ろうとする武士が処刑されたり、日本刀で首を掻き切ったりする残酷な場面も深追いすることなく展開していきます。作者が丹念に調べたであろう、日本が大きく変わろうとする歴史を感じながらテレビドラマの最終回を観終えた心地よい読後感が残りました。

あらすじとNovelsman Comment<感想>を記します。

『斬首刀』あらすじ

『斬首刀』農園の近くに住む青い天狗と赤い天狗

 アメリカを離れ日本に着いた白倉風子は、前田農園という農学校の寄宿舎に向かうために関東平野の東にある田舎町の駅で前田辰彦を待っています。白倉風子は日本で小学校を出て以来両親とアメリカで暮らしています。大学を卒業して狭い世界しか知らない風子は社会に出る前に一度日本に戻ろうと決心します。前田農園を主宰している前田辰彦が父の学生時代の友人ということで農業に挑戦することにしたのです。

 農園は筑波山系に囲まれた歴史のある古い町にあり、尊王攘夷を主張して戦った水戸天狗党のゆかりの地であると前田辰彦は説明します。前田はまた町から見える加波山には青い天狗が、農園のすぐ近くにある風来山には赤い天狗が住んでいるという説を風子に聞かせるのです。

『斬首刀』米軍の置き土産

 ある日、菊池雷太と名乗る若者がバイクで訪れて寄宿舎前の駐車場にテントを張って過ごすことになります。横須賀から来たという雷太は荷物の中になぜか起爆装置を積んでいます。雷太は加波山に隠されているという爆弾を見つけ出すために毎日農園から加波山にバイクを走らせています。

 雷太が爆弾探しをしている日の夕方、前田の友人小原正義がお酒を持ってやってきます。風子を誘って前田と飲みながら、小原は黄色く変色した古い写真を見せて、「雷太の探す爆弾が見つかった」と話し始めます。

 小原は言います、「太平洋戦争末期に米軍の爆撃機が加波山に不時着してその爆撃機には小型原子爆弾が搭載されていた。加波山の炭焼小屋にいた雷太の曽祖父菊池全十と小原のおじいちゃんはたまたまその爆撃機近くにいた。米兵を見た菊池全十は取り憑かれたように日本刀で米兵を皆殺しにして、生首を並べていたらしい。爆撃機に積まれていた原爆は加波山神社にある風の岩戸の奥、自由の杜に封印されているという。菊池全十は加波山の炭焼小屋に残り、小原のおじいちゃんは恐ろしくなって米兵の体の下にあった起爆装置を抱えて一目散に山を降りた。」と。

 菊池全十は米軍の兵士に射殺され、小原のおじいちゃんは進駐軍に捕らえられ病死したと小原は言いました。小原のおじいちゃんの妻は起爆装置を菊池全十の妻に渡したので、雷太の起爆装置は菊池全十が封印した原爆のものに間違いないようです。小原の話しを聞き終えた前田は、「雷太君に話さないといけない」と呟くのです。

斬首刀』加波山登山

 雷太が農園に来て一ヶ月半を過ぎたころ、風子は雷太の身の上を聞きます。アメリカ軍に憎しみを感じている雷太は起爆装置にまつわる顛末を知っていて、母が他界した後中古バイクとテントを買って爆弾を探しにここに来たことを風子に打ち明けます。そして風子は雷太が持っている起爆装置を預かることになります。

 水田の稲穂がすっかり成長して来たころ、前田と風子と農園の園生たちは加波山登山にでかけます。登山道を進んでいくと突然風子が可愛がっている犬、小四郎が薮の中に入っていきます。小四郎を探しながら薮を掻き分けて進んでいくと岩の中央に一本の亀裂が入った大きな岩の前に出ました。雷太が探し回っている風の岩戸のように見えました。前田も同じことを感じていますが、何の確信もありません。

『斬首刀』霊界に囚われる雷太

 翌日、雷太は風子が見つけた風の岩戸らしきものに向かいます。雷太の前にある風の岩戸らしき大岩の割れ目は人が通ることができるくらいの隙間が空いていました。その時大岩の向こうから黒い烏帽子をかぶり白い鉢巻を締めた男が雷太に声をかけます。勇気を出して大岩の隙間を進んでいくと背後からの風が止み、男が言います。「よく来た」「水戸天狗党の田中愿蔵だ」

 霊界であろう岩戸の中で愿蔵は菊池全十が封印した原爆の場所に雷太をいざないます。霊界に生きている愿蔵は現世の物に手を出すことができないのです。雷太が原爆を持って岩戸から下界に出ようとした時、雷太は別の何かに引っ張られ身体に力が入らなくなってしまいます。頭を持ち上げると、さっきは大きく開いていた岩戸の隙間が20センチほどに縮まり、その向こうに原爆をかついで山を下りていく雷太の姿が見えました。田中愿蔵は雷太に乗り移って現世に現れ、本当の雷太は霊界に閉じ込められてしまったのです。

『斬首刀』人間の限界

 別人になった雷太は前田と風子に接近し原爆の起爆装置を手に入れようとします。いったい別人の雷太、水戸天狗党の残党は何を考えて、何をしようとして原爆と起爆装置を持って山を下りていくのでしょうか。。

 異常な状況の中で雷太が閉じ込められている風の岩戸に風子と、いつも風子と一緒にいる小四郎が近付いてきます。雷太は無事に現世に戻ることができるのでしょうか??

『斬首刀』 Novelsman Comment <感想>

 水戸天狗党が筑波山で尊王攘夷を掲げて挙兵した天狗党の乱は史実に残る事実です。国史大辞典によれば先導役が藤田小四郎、軍隊長が田中愿蔵とあります。江戸幕府の鎖国政策を擁護して外敵を追い払うことが正しい、と考えた水戸天狗党のリーダー達は現代では信じ難い強い信念で明治政府の軍隊と戦っていたのでしょう。私は彼らの強い意志と執念が小説にある展開になっていくことに同情のような理解を感じています。冒頭に述べた、私がこの小説からホラー感をあまり感じなかった理由のひとつかもしれません。

 ホラーやミステリー小説はテレビや映画の原作となることがよくあります。ホラー小説大賞といううたい文句に誘われて『斬首刀』を選んだ私がおぼろげに想像していた内容はエンタメの趣がある読みやすい内容の小説でした。読み終えてみると『斬首刀』は、さわやかな読後感とともに作者が歴史の事実を曲げることなく記して、読者にそうした事実について自分で考えることを後押しするような内容に読み応えを感じました。エンタメの趣のある小説は内容が軽いというような先入観をもっていたことを悔い改めて、もっとホラーやミステリーの世界を楽しもうと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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