『シーソーモンスター』伊坂幸太郎|螺旋プロジェクト これから読まれる方へ

 伊坂幸太郎『シーソーモンスター』を読みました。螺旋プロジェクトに属する2作品『シーソーモンスター』と『スピンモンスター』が収められています。

 『シーソーモンスター』はひと昔前のドラマ「渡る世間は鬼ばかり」を彷彿とさせる嫁と姑の摩擦の話題から始まります。これが対立?と疑って読んでいると、いつの間にか現実離れしたSFの世界にどっぷりとはまっています。もちろん基本コンセプトについて私に考えさせながらも、心地よく結末を迎えます。

 『スピンモンスター』は、警察が一般の人を追い詰めることが題材になっています。時は近未来、事実と記録の違いは証明できる技術が確立されています。そして人間の記憶も自由に変更できる時代です。そんな時代に人が特定の相手に相いれない感情を持ったとき、その技術を活用して対立を克服することができるのでしょうか。

 2作とも伊坂ワールドのSF小説として楽しく読み終えました。そして自分の周りの「対立」について、読者に気づかせてくれる深みを持った作品と思います。

 両作品のあらすじとNovelsman Comment<感想>を記します。私個人としてはスピード感と緊張感満載の『スピンモンスター』をおすすめしたいと思います。本書を楽しんでもらえるきっかけになれば嬉しいです。

『シーソーモンスター』 あらすじ

直人と宮子

 北山直人は妻宮子と直人の母と同居して暮らしています。直人の父親は不慮の事故で亡くなっています。嫁姑の摩擦は直人の頭痛の種で、帰宅する度に自然に顔が引き攣ります。宮子は結婚する前は対人諜報活動を得意とするやり手の情報員でした。しかし今は、夫の母ひとりとさえうまくいかずにぎくしゃくして困っています。

 直人が取引先のO病院長とゴルフをしています。小学校の同級だったという直人の父の話題になり、病院長は父との会話を覚えていました。「殺人と事故死の見分けはつくものなのかい」

 一方で宮子は義母との暮らしの中で、義父の死に義母が関わっているのではないかと疑っています。情報員の仲間に調査させたところ、義母が義父の死に絡んではいる形跡はありません。

 時が経ち、直人が担当するO病院は二代目が引き継いでいます。このO病院が保険金の不正請求を行っていることを知ってしまい二代目病院長に真実を問います。悪事を知られた二代目病院長は直人を捕えて消してしまおうと企みます。死に直面して危険な状態にある直人のもとに現れたのは意外にも。。

『シーソーモンスター』 Novelsman Comment <感想>

『シーソーモンスター』は意外な展開が盛りだくさんの楽しい作品です。螺旋プロジェクトのテーマ「対立」についてもしっかりと描かれています。嫁姑、病院長と二代目病院長、直人と上司と色々な軋轢があってそれぞれが独立しているようで実は繋がっているようです。私は直人と上司の対立を軸にして読み進めました。

「対立」と併せて争いを見届ける役目を持つ人物は誰かを読み解くのも楽しみの一つです。対立に左右されない中立の支持者、預言者が誰かということも読む人なりに考えを巡らせることができると思います。私は預言者を義母と考えましたが本当に確信がありません。楽しみながら解を見つけてもらえたら、と思います。

『スピンモンスター』 あらすじ

ウェレカセリ

 水戸直正は手書きのメッセージを人力で運ぶ「配達人」をしています。近未来の日本、デジタル化技術の発達によって世の中にパスカが普及し人々のあらゆる行動が記録され追跡できる時代です。記録されることを避け、追跡されないように人力で相手に手紙を手渡しすることが「配達人」の仕事です。

 水戸は新東北新幹線に乗って札幌に向かっています。車内で突然隣の席に男性が席について手紙の配達を依頼してその場を去ります。男性が席を離れてまもなく、水戸が乗っている新幹線は緊急停止して全ての乗客は新仙台駅で降ろされてしまいます。

 新幹線の中で受け取った手紙は仙台市内が配達場所でした。水戸は配達するために、指定された青葉城政宗像の前に向かいます。政宗像の前には受取人、中尊寺敦が配達場所にいます。

 手紙を受け取ったその場で中尊寺はパスカを開いて何か調べ、水戸に見せます。パスカには、今しがた新幹線で手紙の配達を依頼した男性、寺島テラオが新東北新幹線の高架から落ちて死亡した記事が配信されています。

 寺島テラオは先進的人工知能ウェレカセリの開発者、中尊寺は大学院時代にウェレカセリを共同研究していた研究者です。ウェレカセリの危うさを知る中尊寺は寺島が命を絶ったことを知って、水戸とその場を離れます。こうして中尊寺と水戸は手紙の文面をもとに寺島の遺した情報に向かうのです。

天敵

 警察はすでに二人の行動を察知して追いかけています。追跡する捜査員の一人に檜山景虎がいました。檜山は水戸が小さい時に遭った交通事故の相手の車に乗っていた少年です。水戸は檜山が近づくとどういうわけか息苦しさを感じ、早くこの場を去らなければいけないと体が警鐘を鳴らします。そのくらい水戸は檜山に天敵意識を持っています。

 中尊寺と水戸が寺島の手紙に記された場所に着きました。ある女性が、すでに来ることを知っていたかのように二人を迎え入れます。ある女性は中尊寺にとって初めて会う人ではありませんでした。早速中尊寺は寺島が残した記録を探り始めますが、追い手は二人のすぐそこまで近づいています。

 「天敵」檜山と警察の捜査員は二人の所在を確認できています。警察に厳しく追跡されながらも中尊寺と水戸はある女性の助けを借りながら真実に近づいていきます。水戸は檜山から逃げ切ることができるのでしょうか、そして真実は。。

『スピンモンスター』 Novelsman Comment <感想>

 『シーソーモンスター』では対立の構図「だれ」対「だれ」について、いろいろな選択肢がありました。 『スピンモンスター』の対立の構図については明快です。ではもう一つの「ルール」、その対立を見届ける中立の預言者はだれになるのでしょうか。ある女性?水戸の恋人?読み解く鍵は結末にありそうです。

 伊坂幸太郎のSF小説は、実現するのではないか、思わせる説得力のある内容に引き込まれます。螺旋プロジェクトの縛りの中でもそれを十分に感じることができる氏の実力に感嘆します。そして次も読みたくなる私です。

螺旋プロジェクト

 8組9名の作家が、あるルールのもと古代から未来までの日本を舞台に、ふたつの一族が対立する歴史を描くシリーズで2019年に中央公論新社の文芸誌「小説BOC」が行った競作企画です。競作テーマが示されている螺旋エピグラフ(定義)がシリーズ本の巻頭と巻末に載っています。一部引用します。

「これはたぶん、貝殻、貝」                                     「海のものがどうして山にあるの?海と山はまざらないんじゃないの」                 「まざるとかまざらないじゃなくて、ぶつかるの。わたしたちは海のひとと会えば、衝突するからね」                                               海と山、両者を自在に行き来する唯一の者、争いを見届ける者がいつかそう語ったという。

 螺旋プロジェクトシリーズは「対立」をテーマにして物語が進行します。それぞれの物語にはその対立を煽ることなく、また鎮めることなく冷静に先を読んでいる中立の人物が登場します。この人物が争いを見届け、将来を預言しています。物語を楽しくしていることはもちろん、「対立」について私たちに考えるきっかけを作ってくれているのではないでしょうか。

色々なパターンで登場するこの預言者捜しを楽しみに次の作品も読み解いていこうと思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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