螺旋プロジェクトシリーズの一冊、天野純希著『もののふの国』を読了しました。日本史のあやふやな記憶を蘇らせてくれました。また、この記事作成時に放映されている大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の時代と重なっている部分があります。時々小説の情景を大河ドラマにかぶらせながら読み進めました。
螺旋プロジェクトシリーズの基本コンセプトは「対立」です。日本には「山族」と「海族」がいて、原始の時代から交わることができていないという設定です。『もののふの国』では中世から明治維新の間に起こるぶつかり合いについて語ります。もののふ(武士)の時代の「山族」と「海族」の対立を明らかにしていくのです。
読み始めて、どこまでが史実でどこからが創作の境目を探ろうとしていました。しかし早々にそれが無意味であることを悟りました。一方でもしかして作者の解釈が正しいのではと思えるような箇所もあり楽しく読むことができました。
天野純希『もののふの国』の要点とNovelsman Comment <感想>を記します。本書を読むかどうかを決めかねている方が読むきっかけにしていただくと嬉しく思います。
『もののふの国』 要点
もののふの時代
日本の中世は黒い目の「山族」と蒼い目の「海族」の対立の歴史です。京で摂関政治が始まった時代、蒼い目を持つ平将門は朝廷を守る黒い目をした源経基を打ち破ります。武士が朝廷の圧政に対抗できるようになってきたのです。
平安時代末期、黒い目の源頼朝は富士川の戦いで朝廷と組んで権力をふるう平氏を破り鎌倉幕府を興します。京を中心とする平安時代から鎌倉時代へ武士の時代が始まろうとしています。
もののふ(武士)の時代は、黒い目を持つ族と蒼い目を持つ族の争いの歴史です。小説『もののふの国』は平安時代から明治維新まで続く武士の時代を二つの族の対立という視点で語ります。物語の中に登場する謎の人物は、すべてを知っているかのように歴史の真実を偉人たちに諭していくのです。
『もののふの国』に登場する歴史に残る出来事と人物
平将門の乱 源経基 対 平将門 (謎の人物) 桔梗 富士川の戦い 源頼朝 対 平維盛 文覚 屋島の戦い 源義経 対 平教経 文覚 建武の中興 足利高氏 対 北条高時 佐々木道誉 建武の乱 楠木正成 対 足利尊氏 佐々木道誉 南北朝合一 足利義満 対 大内義弘 世阿弥 本能寺の変 織田信長 対 明智光秀 老婆 大坂の陣 豊臣秀吉 対 徳川家康 天海 大塩平八郎の乱 大塩平八郎 対 徳川幕府 見吉屋五郎兵衛 西南戦争 西郷隆盛 対 土方歳三 坂本龍馬
物語の結びとなる、西郷隆盛が桜島の見える戦場で自刃する前を記した一節を引用します
この魂は森羅万象と一つに溶け合い、やがて別れ、再び別の生を得るだろう。この世界が続く限り、命の螺旋が途切れることはないのだから。
『もののふの国』 Novelsman Comment <感想>
蒼い目族と黒い目族の争いの物語とも言える『もののふの国』はそれぞれの出来事が史実として残っているので、混乱しながら楽しく読み進めました。源氏が黒い目、平氏が蒼い目で始まる世の中の争いは、どちらが強いかではありません。結局は命の奪い合いを繰り返している争いの歴史を私に改めて知らしめてくれました。
当然ながら、物語の中の出来事は歴史本通りに展開するわけではありません。プロジェクト作品共通の要素でもある謎の人物、争いを見届ける者、が偉人たちに語りかける場面が必ずあります。謎の人物の言葉は、本当の歴史を経た現代に生きる私の心に刺さります。歴史小説とも分類できる『もののふの国』ですが、実際の史実と違った次元で「争い」について読者に語りかけてくれます。何回も読む予感がします。
螺旋プロジェクト
8組9名の作家が、あるルールのもと古代から未来までの日本を舞台に、ふたつの一族が対立する歴史を描くシリーズで2019年に中央公論新社の文芸誌「小説BOC」が行った競作企画です。競作テーマが示されている螺旋エピグラフ(定義)がシリーズ本の巻頭と巻末に載っています。一部引用します。
「これはたぶん、貝殻、貝」 「海のものがどうして山にあるの?海と山はまざらないんじゃないの」 「まざるとかまざらないじゃなくて、ぶつかるの。わたしたちは海のひとと会えば、衝突するからね」 海と山、両者を自在に行き来する唯一の者、争いを見届ける者がいつかそう語ったという。
螺旋プロジェクトシリーズは「対立」をテーマにして物語が進行します。それぞれの物語にはその対立を煽ることなく、また鎮めることなく冷静に先を読んでいる中立の人物が登場します。この人物が争いを見届け、将来を預言しています。物語を楽しくしていることはもちろん、「対立」について私たちに考えるきっかけを作ってくれているのではないでしょうか。
色々なパターンで登場するこの預言者を楽しみに次の作品も読み解いていこうと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。
コメント