『泥濘(ぬかるみ)』はヤクザ桑原保夫とヤクザ慣れしている建設コンサルタント二宮孝之の疫病神コンビが、老人ホーム経営に絡む暴力団と警察OBの癒着をネタにシノギを得る(カネ儲けする)ハードボイルド社会小説です。シノギのためならどんな危ない橋でも渡ることを厭わず突き進む桑原のイケイケぶりと、桑原が引き起こす荒っぽい騒動に常に居合わせながら動揺することなく身を守ることに長けている二宮の冷静な行動をハラハラしながら読み進めることができる作品です。
また小説『泥濘』では、診療報酬の不正受給やオレオレ詐欺といった現代社会の膿ともいうべき課題について鋭く突いている記述に出くわして興味深く読みました。スピード感あふれる進展とあわせて私たちの社会が抱える身近な問題として注目してほしいと思いました。
あらすじとNovelsman Comment<感想>を記します。時間をわすれて楽しみながら読むことができる一冊としておすすめします。
目次
『泥濘(ぬかるみ)』 あらすじ
「ぬかるみ」に足を突っ込む疫病神コンビ‐歯科診療報酬不正受給の新聞記事
暴力団二蝶会若頭補佐桑原保彦は、以前から付き合いのある建設コンサルタント二宮孝之の事務所を訪れて、大阪島之内にある暴力団白姚会に同行させます。桑原は新聞沙汰になった警察OBによる診療報酬不正受給の裏で起こっている、白姚会が関わる老人ホーム「悠々の杜やすらぎ」の不明瞭なカネの流れがシノギになると確信して白姚会を二宮と訪問します。目的は白姚会若頭木崎吾郎に会って老人ホームの情報収集でしたが、5年前に倒産整理でもめたことを持ち出されて喧嘩になります。桑原はその場から離れ去りますが、二宮は痛めつけられて捕えられます。こうして疫病神コンビ桑原と二宮の大暴れが始まります。
「ぬかるみ」の正体をさぐる ‐ 疫病神コンビ‐ヤクザと警察OB
白姚会の事務所で縛られている二宮は桑原を呼び出すよう木崎から脅されます。二宮は桑原を通して知っている暴対担当刑事中川の助けを借りて白姚会から脱出しますが、桑原の車のキーを白桃会の事務所に残したままになって車を取り戻しに動きます。
桑原の車がある自動車工場に行くと、白姚会の組員3人が桑原を待ち構えていました。桑原は3人をボコボコにしてしまいます。白姚会は二蝶会と同じ川坂の身内のため、桑原は二蝶会組長嶋田和夫に事の次第を報告して収めてもらうことにしました。組長嶋田から、組として動く、派手な動きはするなと言われながらも桑原は動きを止めません。
桑原と二宮は老人ホーム「悠々の杜やすらぎ」を経営する幾成会の前理事福井澄夫から話をききます。福井によると幾成会が資金繰りに困っている時に警察OBコンサル警慈会代表岸上篤が接近し、その後に金融業者徳山商事と暴力団白姚会が老人ホームを乗っ取ったシナリオを掴みます。警慈会と白姚会は老人ホームを奪ってカネ儲けしているのです。
「ぬかるみ」の深みにはまっていく疫病神コンビ
桑原はシノギの匂いを確信して二宮と真相を追います。二人はカネで動く暴対担当刑事の中川から、警察OBで老人ホームを手玉に取った警慈悲会グループの一員横内隆が失踪しているという情報を得ます。桑原と二宮は老人ホーム前理事長福井の番頭役であった佐々木幸治郎から手荒な方法で真実を聞きます。そして横内は仲間と亀裂が生じて殺され、老人ホームの焼却炉で灰にされたことを知ります。
さらに、佐々木が発行した老人ホーム名義の約束手形を割って(引き取って割り引いて現金化して)白姚会に元本回収させていた悪徳金融業者徳山商事の光本伊佐雄に詰め寄ります。光本は二人が予想していなかったことを言いました。横内が消されたのは老人ホームのもめ事ではく、横内がオレオレ詐欺に参画することを強要して消されたというのです。
警察OB、岸上を代表とする警慈会グループは老人ホームの乗っ取りだけでなくオレオレ詐欺の金主(詐欺金を得るための見せ金を出資する幹部)としてカネ儲けをしているのです。
「ぬかるみ」の中で暴れまわる疫病神コンビ
桑原は白姚会の構成員田所を脅してオレオレ詐欺リーダーの居場所を聞き出し、二宮と二蝶会の徳永セツオと3人で乗り込みます。3人はオレオレ詐欺の事実を示す画像や音声を得ることはできましたが、その場に白姚会が現れて争いとなりその場から退散します。桑原と二宮は逃げのびましたがセツオが捕らえられてしまいます。桑原は二蝶会組長嶋田にセツオ救出を依頼して、嶋田が白姚会組長と会うことになります。
組長嶋田から、白姚会組長は若頭木崎のオレオレ詐欺関与を知らず、オレオレ詐欺は極道のやることではないと考えていると聞かされました。桑原は二宮と共に、悪だくみのすべてを知っている警慈会メンバーで司法書士の小沼を無理やり連れて、警慈会代表ですべてを仕切っている岸上に5000万円を要求します。岸上は受け入れたように振る舞うのですが、その場で現金を渡すことはしません。
桑原と二宮はシノギの回収のため徳山商事の光本を訪れます。そこに銃を持った男2人が階段を上がってきます。明らかに桑原と二宮を狙っての来訪です。パンっと銃声が響き、男が突っ伏しています。
桑原と二宮はカネとエゴにまみれた「ぬかるみ」から抜け出してシノギを得ることができるのでしょうか。。
『泥濘』 Novelsman Comment<感想>
オレオレ詐欺
小説『泥濘』に、世の中を騒がせているオレオレ詐欺のカネの流れを説明する記述があります。オレオレ詐欺は有料老人ホームに入所できるお金を持った高齢者や社会的弱者から金銭を奪い取る卑劣で無慈悲な犯罪です。『泥濘』文中でも、年寄りを騙してカネを巻き上げるような道理にかなわないことをヤクザはしない、と桑原も組長嶋田もはっきりと言っています。
私は弱者を騙す犯罪報道をみて犯人を腹立たしく思うひとりの人間ですが、作者の黒川博行氏や多くの方も同じような気持ちなっているかなと思うと、ちょっと救われた気持ちになる私です。もっとも暴力団が絡む会社整理や債券回収には慈悲の欠片もないでしょうから、裏社会の悪事いう視点ではオレ詐欺も悪徳金融も大きな差はないのかもしれません。
どうしようもない疫病神
小説『泥濘』の後半で、二宮は中川刑事に桑原のことをこう例えて話します。
“あいつはどうしようもない疫病神です。‐‐ いうたら、昨今はめったとみられん、絶滅危惧種のヤクザですわ”
粗暴で愛想がない強面の大男、一方で約束を守って組長嶋田や周りの恩人を裏切らない筋の通った桑原保夫を好きになって本当はあこがれているのは二宮だけでなく疫病神シリーズを読んでいる私かもしれません。
黒川博行氏の作品、これからも紹介していきたいと思います。ご覧いただきありがとうございました。
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