熱源 川越宗一|あらすじ&感想 ー アイヌの生きざまに感動です

 直木賞作品 「熱源」を読みました。主人公のひとり山辺安之助((アイヌ名ヤマヨネクフ)は実在する人物で、日本初の南極観測隊の一員として記録に残る樺太アイヌです。もう一人の主人公ブロニスワフ・ピョトル・ピウスツキも樺太アイヌの女性と結婚した実在の人物です。この二人の生涯にスポットをあてながらアイヌの人たちが矛盾と理不尽の中でもがきながら生きていく姿を描く歴史小説です。  

私は、少数民族の人たちが極寒の中で心の火を燃やしながら力強く生きていく内容に感動しながら読み終えました。あらすじと自分なりの感想を記します。読んでいただくきっかけになれば嬉しく思います。

「熱源」 あらすじ

和人に追い立てられるアイヌ

 樺太の南端にあるヤマベチ村から移住してきたアイヌの人達は北海道対雁(ついしかり)村で農地開拓に従事しています。村の学校の卒業式、視察中の西郷従道閣下の前でアイヌの少女キサスライが琴(トンコリ)を演奏します。心に染みる音に閣下を含む皆が踊りだした時、日本軍に属する永山准大佐が西郷閣下に直訴します。「彼ら未開人は、我らによって教化善導され、改良されるべきなのです。その未開人に誘われて踊るなど、もってのほか」 とキサスライの演奏を止めようとします。その時アイヌの移住者ヤマヨネクフはキサスライの前に立ち「キサスライ、トンコリを弾き続けろ」といってキサスライとアイヌの音楽を守ります。ヤマヨネクフが永山准大佐に胸元を掴まれたとき、西郷閣下は永山に言い下します。「等しく、陛下の赤子である」

 あるとき村のアイヌの総頭領チコビローはヤマヨネクフと彼の親友シシラトカ、母がアイヌの千徳太郎治の3人に苦々しい顔で「文明に和人は追い立てられている。その和人にアイヌは追い立てられている。」そして   「(文明とは)馬鹿で弱い奴は死んじまうっていう思い込みだろうな」とつぶやくのです。北海道対雁に移住してきたアイヌの人たちは蔑まれたり疫病に苦しめられたりしながら懸命に生きています。

 ヤマヨネクフとキサスライは結婚し漁業で生計を立てて子を授かりますが、キサスライが疫病で他界してしまいます。ヤマヨネクフはキサスライとの約束どおり、息子を連れて樺太に戻ります。

ロシアの流刑地サハリン島

 日本人が樺太と呼ぶヤマヨネクフの故郷は今ロシア帝国の領地でサハリン島と呼ばれ、政治犯の流刑地としてロシア政府が囚人を使って開拓している土地でした。

 ロシア皇帝暗殺未遂事件が発覚して、計画に関わっていた実行犯とその周囲の者たちが警察に捕まりました。革命思想を支持するブロニスワフ・ピルストスキーもその一人で、サンクトペテルブルグの学生下宿にいるところを連行されて起訴されます。最終量刑はサハリン島に流刑の上懲役15年。サハリン内陸のルイコスコエで大工の仕事を与えられることとなりました。囚人生活は死を待つか呼ぶかの違い程度に何も起こらない生活でした。  

ブロニスワフはある日サハリンの原住民族ギリヤークの狩人がトナカイを仕留めて見事な手さばきで解体しているところに出くわします。サハリンに生きる熱を与えることがあることを知って感動したブロニスワフは、狩人のチュウルカと話して毎週ギリヤークの村を訪れロシア語を教える代わりに言語や風習を記録していきました。

記録しているノートが相当溜まってきたころに、ブロニスワフの家にレフ・ヤコヴィレヴィチ・シュテンルンベルグと名乗るロシアの民族学者が訪れてブロニスワフの記録に驚き、活動を後押してくれることになります。数年後に研究の成果を発表する機会を与えられたブロニスワフは、語気を強めて言います。         「私は(サハリン島の異族人に)支えられました。流刑の絶望から這い上がり、生きる熱を分けてもらった」

出会い

 サハリン南部アイヌの村の頭領で数か所の漁場を経営する実業家バフンケがアイヌの熊送りの儀式を大勢のお客を招待して盛大に宴会を開催しています。対雁村で苦労を共にしたヤマヨネクフ、シシラトカ、太郎治の3人はみなサハリンに戻っていてこの宴会で偶然に再会します。ブロニスワフも学術調査と称して招待されていて、太郎治はブロニスワフの通訳としてこの宴会の場に訪れたのでした。

 ブロニスワフがアイヌのための寄宿学校を開いて太郎治が先生になる話を聞いたヤマヨネクフとシシラトカは、資金集めに奔走し開校にこぎつけます。開校式でヤマヨネクフはバフンケの姪イペカラに自分の心の内を打ち明けます。いっぽうブロニスワフはバフンケの館で出会った未亡人チェフサンマを好きになり結婚し、子を授かるのです。

サクラの雲の下

ブロニスワフがヤマヨネクフとシシラトカたちと奮闘して太郎治が先生となるアイヌのための学校が完成したその日に、日本軍とロシア軍の戦争が始まりました。学校は閉鎖されることになり、生活をバフンケに頼ることができなくなったブロニスワフは収入を得るためヴラジヴォストークに渡ります。ヴラジヴォストークでサハリン島に日本軍が上陸したことを知ったブロニスワフは、自分が今すぐ妻子のいるサハリンに戻るかポーランド独立の行動をするか迷います。結局ブロニスワフは妻子をサハリンに残してポーランド独立のため動き出します。

 まず日本に入ったブロニスワフは満開に咲き淡いピンク色の雲のような桜並木を通って大隈伯爵と面会します。ポーランド独立支援を得るための面会で伯爵は、「弱肉強食の摂理の中で我らは戦った。あなたたちはどうする」 独立したければ力をつけることが肝要であることを強調されてブロニスワフは答えます。     「私は人としてその(弱肉強食の)摂理と戦います」

 ブロニスワフは旅を続け、旧ポーランド領の街で、約20年前にロシア警察に連行されて以来の再会となる弟、ユゼフ・クレメンス・ピウスツキと会います。今や数万人の支持者と軍備を備えた反ロシア帝国主義勢力の領袖としてポーランド共和国独立をめざして戦い続ける弟ユゼフにブロニスワフは「暴力に訴えるなら手伝えない」とはっきり伝えるのです。

樺太の犬と銃弾

 1909年明治42年の夏、樺太トンナイチャ村でヤマヨネクフの尽力により完成した学校の開所式。ヤマヨネクフとシシラトカは南極探検隊なるものに必要な足として犬を集める相談をしています。山辺安之助ことヤマヨネクフと花守信吉ことシシラトカはアイヌを日本の中で自立させる力になる志のもと南極探検隊の一員として海南丸という帆船で樺太より寒い南極に向かうことになります。壮絶な自然との闘い、山辺と花守は犬たちとどのように過ごし、探検隊はどのような結末をむかえるのでしょうか。

 1918年、ブロニスワフはポーランド独立をめざす国民委員会の一員としてパリにいます。国民委員会は実の弟ユゼフをリーダーとする会派とは考え方が違うため敵対しています。ブロニスワフは二つの会派を合同させて共和国独立を実現しようと考えていますが、ある日自宅に戻るとヴラジヴォストークで知り合ったコヴァルスキが拳銃を携えて待ち構えていました。コヴァルスキは、弟ユゼフ率いるピウスツキ派の幹部でありユゼフの兄が他の会派に属していることをやめさせる立場にありました。志半ばにしてブロニスワフは撃たれてしまうのでしょうか。

 1945年夏の樺太、太平洋戦争が終結した日、日本軍兵で原住民族オロコの源田一等兵はまだまだ戦う気力にみちていますが、日本軍将校嵯峨少尉は源田にいいます。「もういいんだ、源田一等兵。貴様は十分に戦った。もう日本なんてものにつき合う必要はないんだ」

 サハリンの原野で立ちすくむ源田の近くで、戦火から逃れてきたアイヌの女性がタバコを踏みつぶします。 「今日は、熱い」と言って歩き始める情景で小説「熱源」は幕が閉じるのです。

「熱源」感想<Novelsman Comment>

 小説の終盤にブロニスワフの子孫、知里幸恵(ブロニスワフとチェフサンマの間に生まれた実の娘)の言葉が記されています。― みんな果敢なく、亡びゆく弱きものと共に消失せてしまふのでせうか。

 アイヌの人たちが自分達を亡びゆく弱きものと考えながらも、無理をせずそして懸命にいきていることが伝わる優しい文章に目が留まりました。翻っては私この謙虚さと強さをそなえているのか、見栄をを張っていないのか、とても考えさせてくれる一節でした。

 この物語は実在の人物が登場する人々と共に苦労や葛藤を迫力ある文章で表しながらも、実際に起こったことを史実通りに述べています。巻末の「この物語は史実をもとにしたフィクションです」がなければすべて事実なのかと思えるくらい説得力を感じながら感動する作品です。ぜひ読んでほしい一冊と思います。

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