
アメリカのアマゾン社には「キャンパーフォース」という季節雇用プログラムがあります。繁忙期の人手不足を補うため、車を住まいとする“ワーキャンパー”(*1)を全国から集める仕組みです。
農園やキャンプ場など、アマゾン以外の施設でも同じようにワーキャンパーが労働力として活躍しています。
ジェシカ・ブルーダー著『ノマド』は、そんなワーキャンパーたちの生活を、著者自身が車上生活をしながら取材したノンフィクションです。老後の生き方を考えるうえで避けて通れないテーマがぎっしり詰まった一冊でした。
(*1) アメリカ各地をワゴン車やキャンピングトレーラーで移動しながら働く季節労働者(p74)
目次
リーマンショックが生んだ“新しい老後の形”
■ キャンパーフォース
物語の背景は2008年のリーマンショック。
株価暴落、信用収縮、医療費高騰、年金不足──複数の問題が重なり、アメリカでは多くの中高年が家を失いました。その結果、キャンピングカーやバンで移動しながら働くという“ノマド生活”が広がっていきます。
登場人物の一人、リンダ・メイもその一人。職を失い少ない年金で生活が成り立たず、キャンピングカー生活を始めます。リンダは主にアマゾンの季節労働で収入を得ています。ワーキャンパーを対象にした募集により数か月間をアマゾンの倉庫業務に従事する仕事です。
「おそらく日に1000回も腰を屈めることになるでしょう。」(p266)
アマゾン倉庫での季節労働は過酷です。しかし、よく似た境遇の仲間が集まるキャンパーフォースは、彼女にとって大切なコミュニティでもありました。
■ “ディストピア(*2)” に気づいたボビー夫妻
キャンパーフォースで著者が取材したボビー夫妻は、経済危機前までは順調な生活を送っていました。
しかし住宅価格の暴落で、家の価値よりローンが上回り、車上生活へ。
ボビーは映画 「マトリックス」の一場面にたとえて、
「快適で予想可能な世界は幻にすぎず、じつは残酷なディストピアを覆い隠すための嘘だった。」(p87)
“家の価値は上がり続ける”という信念がいかに脆いものだったか。ボビーの言葉が胸に刺さります。。
(*2) ユートピア(理想郷)の対義語。管理・監視社会のもと自由を奪われた非人間的社会。映画『マトリックス』はAIと仮想現実が交錯するディストピア的未来を描く。(記事作者注)
■ それでも彼らは前を向く
驚いたのは、ワーキャンパーたちが決して悲観していないことです。むしろ自由を楽しみ、前向きに生きている姿が印象的です。
アリゾナ州の砂漠の街クオーツサイトで年に一度行われるワーキャンパーの集いでは、助け合いながらノマド生活を満喫する高齢者たちの姿が描かれています。ここで車上生活をするシェリーの言葉は痛快です。
「ニューヨークに住んでいるなんてあなたの気が知れない。鳥は公園にも町にも住めるでしょ。わたしも同じよ。つまりね、人が住むと想定されているところに住む必要なんて、ないってこと!」(p184)
一方で車上生活を続ける人たちは、社会からは「ホームレス」「ガソリン・ジプシー」と冷たい視線を向けられます。あるワーキャンパーはこう語ります。
「(車上生活者の)経済状況は今後も上向かないだろう。だが、自由になるか、ホームレスになるかの選択は自分次第だ。」(p281引用)
また、著者が出会ったある女性の言葉も印象に残っています。「このまま一生放浪を続けたくはない。永続的なコミュニティの一員になるのが夢だ。」(p296)
明るくふるまうノマドの人たちですが、自由と孤独が背中合わせであることがよく分かります。
■ “81倍”という数字が示すもの
著者は最後にアメリカ社会の不平等に触れています。
「上位1パーセントの人の平均収入が、下位50パーセントの人の平均収入の81倍もある。下位50パーセントのアメリカ人成人約1億1700万人の収入は1970年代から変わっていない。(p341)
この数字を前にすると、ノマド生活は“選択”というより“必然”に近いのかもしれません。
まじめに働いても車上生活を強いられる人々が、せめて前向きに生きられる社会であってほしいーそう願わずにはいられませんでした。
日本にも“ノマド”は生まれるのか
日本ではキャンピングカー生活は一般的ではなく、ワーキャンパー向けの季節雇用もありません。
土地が限られているため、アメリカ型ノマドが広がる可能性は低いでしょう。
しかし、高齢者は増え続け、生活費は上昇し、投資で資産を蓄える人も増えています。
もしリーマンショック級の暴落が起きれば、老後資金が一気に目減りする可能性もあります。
車はなくても、“日本版ノマド”が生まれる未来は十分ありえる、と思います。
いや、すでに国内を移動しながら働いている人がいるのかもしれません。
別の視点で追いかけてみたいテーマです。
もし自分がノマドになるとしたら
私自身、老後資金の多くを株式投資に頼っています。もし自分の持つ株が暴落したら、と考えると背筋が冷たくなります。今住んでいる自宅を売ることになるかもしれません。
そのとき私はどう生きるのか。
地方のホテルや旅館を転々としながら、手伝いをして暮らすのでしょうか。広大な大地を移動しているアメリカのノマドたちとはスケールが違いますが、せめて前向きに生きる姿勢だけは同じでいたいと思います。
作中でリンダは、66歳にしてアースシップ(完全自給自足型住宅)を自分で建てるいう壮大な夢に挑みます。
無謀に見える計画ですが、誰も否定しません。もし私が放浪することになったら、どんな夢を描くのか。。
現実には起きてほしくありませんが ー リンダに負けないくらい大きな夢を追いかけたい。
最後まで読んでいただきありがとうございました。

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