『デス・レター』山田正紀|最後の盛り上がりに注目です

山田正紀の最新作『デス・レター』を紹介します。

“急いだ、急いだ、おまえの大切な人(ラヴ)が死んじまうぞ。“

 冒険SF小説と思って読み始めると、推理小説? 空想小説? 大切な人が死ぬという手紙を受け取った人達を死神がインタビューする短編が綴られていきます。人間のような死神が現世のドラマに割り込んでくる、不思議な感覚で読み進めました。

 そして最終章、やっぱりSF小説でした。それぞれ独立しているように感じる短編の主人公が時空を超えた空間の中でどのようにつながっているのかが明らかになります。『デス・レター』に託された作者の宇宙観は最後に壮大なスケールで全容を表すのです。

 あらすじとNovelsman Comment<感想>を記します。楽しいかそうでないかの好みがはっきりと分かれる小説と思います。私は山田正紀氏の作品をもっと読みたくなりました。図書館で試し読みされてみてはいかがでしょうか

『デス・レター』あらすじ

『デス・レター』受取人 良二くん

フリーランスの死神はデス・レターの配達人、白いつなぎに白いキャップで決めた可愛らしい「少女」を探しています。高速道路サービスエリアで「少女」について教えてくれそうな親子がいます。フリーランス死神はこの親子に鈴木良二くんとのインタビューの話を聴かせて「少女」の居場所を探ります。

良二は難病の治療のため病院にいる恋人の君島涼子と談笑しています。

涼子 「私、治るかしら」

良二 「治るさ、治らないはずがないじゃないか」

 自宅の玄関で芝犬のヒロが嬉しそうに良二を出迎えますが、良二はヒロの相手をせず家に上がります。二階の部屋で良二は白いツナギを着たかわいらしい「少女」から手紙を受け取ります。「大切な人が死ぬ」と書かれた内容に、良二は涼子の死期が近いと確信しています。

 良二は学校で担任教師から、すぐに病院に行くよう告げられます。病院に行くと「回復の兆しが見えた」ことを聞かされます。涼子はもう何の心配もいらないのです。その時ポケットベルが鳴って自宅に電話します。

 良二は意外な事実を知らされます。

<Novelsman Comment>

良二の行動は喜怒哀楽を知らない精密な人間ロボットが良二を演じているように語られています。人間からは見えない幽霊と死神の会話でこの章が終わります。この不思議感、私は作者の思うつぼにはまっているようです。

『デス・レター』受取人 節子さん

 フリーランスの死神はデス・レターを配る可愛い「少女」を追いかけて高速道路のサービスエリアにいます。同僚の死神Sと「少女」のことを話している時、Sは死んでしまいました。篠原節子さんのインタビューを聞かせたすぐ後のことでした。

 節子は夫の浩三を血液の病気で亡くしています。夫を深く愛していた節子が兄の浩一にすすめられて経理の仕事を始めたある日、節子はデス・レターを受け取ります。最愛の夫は3年前に亡くなっているので節子は不思議に思いました。急いだ方がいいと思った節子が経理書類の中から二重帳簿を見つけ出し浩一に連絡します。

 浩一から聞いたことは思ってもみないことでした。

 そして節子は思い切った行動を取るのです。。

<Novelsman Comment>

 節子は翡翠(カワセミ)を介して浩三と出会い、カワセミに導かれて彼女の選ぶべき道を知ります。実際には節子が本当のカワセミを見ることはありませんでした。私の発見などお構いなく次章に進んでいきます。

『デス・レター』受取人 サチさん

 フリーランス死神は死神管理官と話しています。死んだ同僚の死神Sが過去に「移動祝祭日」という店でサチさんをインタビューしていたことを知ったフリーランス死神はSのインタビュー記録を読みます。

 新宿駅東口が拡張される前、東口あたりは闇市の雰囲気が残る飲食街でした。新宿の東口で「野良犬」というバーを切り盛りしている幸夫は一人のお客、志井田のことが気になっています。ある日店に来なくなった志井田を心配した幸夫は志井田の部屋にいきます。部屋の前で幸夫は、白いツナギを着た女性からデス・レターを受け取ります。

 手紙を受け取った幸夫は手紙に書いてある大切な人が誰なのか、はっきりとわからないまま過ごします。幸夫は「野良犬」を手放し、サチという名で女装して新宿ゴールデン街に新しい店「移動祝祭日」をはじめました。

 50年以上経ったある日、志井田が「移動祝祭日」に現れてサチと新宿東口「野良犬」時代を語り合います。幸夫が失った大切な人(ラヴ)は志井田だったのでしょうか、それとも隠された真実があるのでしょうか。。

<Novelsman Comment>

 デス・レターを受け取った人間は例外なく何かを失う運命にあります。サチ‐幸夫にとってだれが大切な人(ラヴ)なのかというのがこのドラマの筋と私は考えています。ところが意外な展開が私をますます混乱させてしまいます。。

『デス・レター』受取人 敦子さん

 フリーランス死神は同僚の死神Sが死神にもかかわらずどうして死ぬことができたのか真剣に考えています。死神の自由とは何だろう、死神の時空域を脱出することだろうか。と考えている時、香取敦子のインタビューを思い出します。

 香取敦子はシンガポール空港の荷物レーンにいます。運ばれてきた自分のバッグに結びつけられているデス・レターをみて、手紙に書いてある大切な人が夫ではなく昔の恋人高橋修造であると思い込んでいます。

 敦子は北海道M市で「最果てジャズ」を経営している修造がすでに亡くなっていることを知って動揺しました。夫の哲治に背中をおされるように北海道M市に飛びます。

 「最果てジャズ」最寄り駅、北海道花咲線M駅で敦子はタクシーの運転手と話します。

運転手 「それであなたはこれからどうなさいますか」

敦子  「わたしはこれから考えます」 

 タクシー乗り場のベンチに腰をおろし、敦子はスケジュール調整のためアシスタントに電話をするのです。。

<Novelsman Comment>

 香取敦子がデス・レターを受け取った時、かつて深く愛した高橋修造はすでに亡くなっていました。デス・レターを受け取ってから大切な人(ラヴ)がいなくなるのであれば、失くすのは修造ではなさそうです。私は深く考えることをあきらめて次のお話を読むことにしました。

『デス・レター』受取人 村田さん

 フリーランス死神がフェリーから海を見ている時、死んだ同僚死神Sが突然現れます。Sはフリーランス死神に、君(フリーランス死神)は既にデス・レターを受け取っていると伝えて消えてしまいました。その時近くにいた猫も、不思議の国のアリスに登場するチェシャーキャット猫ように消えてしまいます。フリーランス死神が村田雅也をインタビューしたことを回想した後のことでした。

 村田は以前捜査一課の刑事でした。妻が出て行った今、村田は交通整理のボランティアとして年金生活をしています。認知症の前駆症状のせいか最近怒りっぽくなっていることを自分でも自覚しています。

 ある日、村田はコンビニに止まっているヴァンが犯罪を起こすことを予感しました。二人の男がコンビニの中の老紳士に暴力を振ってボストンバッグを奪ってヴァンを走らせようとしています。村田は自分では持ち上がりそうもない大きな石をヴァンのフロントガラスに投げつけました。ヴァンは植え込みに突っ込んで悪事を防ぐことができました。

 村田はインタビューの中で、この事件のおかげで妻が戻ってきたと言いました。一方でデス・レターを受け取ったことについて村田の返答は、フリーランス死神に自分の仕事について戸惑いを感じさせる言葉でした。。

<Novelsman Comment>

  デス・レターを受け取った人間は例外なく何かを失う運命にあります。村田が失った人(ラヴ)とは彼自身が自分らしく生きることを失った、と私は感じましたが違うかもしれません。本当に不思議な進行のままで物語は最終章に突入します。

『デス・レター』最終章 <ネタバレ含みます>

 最終章、フリーランス死神の正体が明らかになります。「死神」はラムジェット宇宙船の中で6人の冷凍睡眠者を担当しているAI(人工知能)です。死神AIはまた、睡眠者の夢に干渉して睡眠者の脳機能をメンテナンスする必要があります。睡眠させられている当事者にとってはインタビューをうけているように意識変換がされているのです。

 死神AIによる夢システムはここまで順調に機能していました。しかし死神AIではないデス・レターを配達する「少女」の出現によって睡眠者たちの夢に混乱を招き入れることになりました。フリーランス死神が「少女」を探し出そうとする目的はその正体を突き止めることにあるのです。

 白いつなぎをきたかわいい「少女」はどのように関わり、ラムジェット宇宙船はどこに向かって飛んでいるのでしょうか。そして何より死神AIは何者なのでしょうか?

 数々の疑問が解き明かされていきます。もっとも気になる「少女」とフリーランス死神のつながりはいったい。。

『デス・レター』 Novelsman Comment <感想>

『デス・レター』はSF小説ながら空想小説ではありません

 小説『デス・レター』の軸は「死神」が時空を越えながら正体のわからない「少女」を追いかけることです。テクノロジーのかたまりのような死神でさえ解決できない問題を見事に解決してくれる最終章、とても面白かったです。Science Fictionでありながら、私は空想物語ではなく現代技術の延長にあるかのように錯覚しました。

人間はAIに支配されるのでしょうか 

 死神AIにとっては睡眠者ですが、睡眠させられている6人はほとんど生身の人間です。感情の表現が不自然な鈴木良治、みたことのない翡翠(カワセミ)に導かれる篠原節子、「ほとんど」生身の人間がAIによって造りあげられている内容に、私は未来の人類を重ねあわせているのでした。ちょっと大げさに考えていますね。

 空想科学小説『デス・レター』、最初はまったく不可思議な進行でした。死神の会話と人間ドラマの二本のお話の川が第五章まで別々に流れ、最後に合流します。まるで海が宇宙につながっているようなスケール感。山田正紀ワールド、別の小説も読んでみようと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

 

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