生きるぼくら
ある人に文庫本の推しを聞かれたので原田マハ「生きるぼくら」を薦めたら、涙を流しながら一気に読んでしまった、と感激してくれました。小説「生きるぼくら」は、引きこもりの若者麻生人生(あそうじんせい)が葛藤を繰り返しながら目の前に立ちはだかる壁を一つひとつ乗り越えていくストーリーです。麻生人生は物語に登場する人達との交流を通して徐々に変わっていきます。彼が携帯を自ら放り投げる場面、田んぼで泥まみれになりながらばあちゃんを気遣う場面、今も情景がはっきりと思い浮かびます。そしてクライマックス、もう自然に涙が落ちてきます。読まれる方はハンカチ必須です。
原田マハ氏はご自身がキュレーターとして世界中の美術館を訪れているようです。その経歴から、著名な画家を題材に読者を絵画の世界に引き込む小説で有名な作家です。文庫「生きるぼくら」の表紙に描かれている絵画は、物語の中で大切な役割を担っています。しかし、「生きるぼくら」は画家や絵画を題材に進行する小説ではありません。登場人物の活き活きとした日常と日本の米作りのストーリーを楽しむ小説かもしれません。そんな娯楽的小説でありながら、読む人に何かを訴えている啓蒙小説のようでもあります。小説の分類なんてどうでもいいことですが、私の次の一冊も原田マハ一択のようです。
本日は、お日柄もよく
「生きるぼくら」について書いていると、同じ作者が書いた「本日は、お日柄もよく」を思い出しました。この作品も娯楽的小説で、絵画や画家にまつわる話題は登場しません。どこにでもいそうな女性二ノ宮こと葉が失敗を重ねながらも愛する人との距離を縮めていくラブストーリーです。二ノ宮こと葉の仕事はスピーチライター、人前で話す人のスピーチ原稿を作る仕事です。こと葉が悩んでいる時に頼りにする人が彼女に言った言葉が印象に残っています。
「一番やりがいを感じることを、いまはひとつだけにするべきだと思う。他のことを捨てるという選択 ‐‐」
結局、こと葉はこのアドバイスを受け入れます。そしてますます波乱の毎日が訪れることになりますが、続きは作品をお楽しみください。
両方の小説内容に少し触れてしまいますが、麻生人生は茅野駅で汽車に乗らなかったこと、二ノ宮こと葉は会社を退職することを境に二人の生き方が明らかに変わっていきます。言い変えると、このできごとを節目に二人は今までとは違う道を進むことを決心しています。引きこもっていた麻生人生もOLだった二ノ宮こと葉も、突然人が変わったり才能が開花したわけではありません。二人はただ、自分が何をしているかを自覚して毎日を過ごすようになります。「生きるぼくら」も「本日は、お日柄もよく」も、勇気だして前に進もう、と私を応援してくれているような気持ちにしてくれる小説です。
決断
ところで、人が生きている中で人生の節目を自分で感じることができるのでしょうか。私たち一人ひとりは社会に放り出された後、例外なくさまざまな場面で生き方の選択をする必要がでてきます。就職や結婚、マイホーム購入などは私たちが勇気を出して決断しています。これは人生の節目と言っていいでしょう。今回紹介した小説で節目とした場面でも、二人は大きな決心をして別の道を歩んでいます。また、私たちは音楽や芸術や仕事を通して志の似た人と出会うと、グループを結成したり会社を興したりして生き方を変えることがあります。これも強い決意の上で行動に移します。つまるところ、人が決断する時こそ別の道に進む節目かもしれません。
私自身は、毎日毎日が人生の節目、と考えています。私は毎日毎日大きな決断をしているわけではありません。日々慣れた仕事に多くの時間を費やしています。しかしながら慣れた仕事でも周りの人の考え方が私と同じとは限りません。そんな時は新しい考えを取り入れようとします。うまくいかない時もよくありますが、気にせずにやり過ごすようにしています。新しい考えを受け入れることもうまくいかないことも小さな決断、節目と考えるようにしています。自分自身で満足しているだけですが、ほんの少し前に進んでいるような気になっています。
おじいちゃん
最後に私ごとながら、娘が出産して私は「おじいちゃん」になりました。孫の可愛いらしさは格別で、孫のためにできることはなんでもしてあげようと決めています。これもまた私の人生の節目の一つかもしれません。一方で孫の両親、娘夫婦は近い将来畑で野菜を栽培しながら娘を立派に育てたいと夢を語ってくれます。都会に住み農業と無関係に暮らした娘の話は私たち夫婦には夢物語にしか聞こえません。娘の生き方に口出ししない決心をしていますが、これは節目とは違うようで心が揺れ動いています。
小説「生きるぼくら」の中で麻生人生は何の予備知識もなかったお米作りに没頭し、家族を驚かせていました。現実の世界は小説のように事は運ぶとは限りません。今の世の中は私が現役の時代とは大きく様変わりしていますが、生きていく環境が甘くないことに変わりありません。娘夫婦が困難にぶつかる節目でよりよい決断をしてくれることを信じます。可愛い孫と娘夫婦が幸せになりますように!!
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