化身 宮ノ川顕|あらすじ ホラー小説の真骨頂の一冊です

ホラー小説作家宮ノ川顕の『化身』を読了しました。『化身』『雷魚』『幸せという名のインコ』の3作が収められています。『化身』という題名は福山雅治の有名な歌曲で、映画やテレビドラマにもなった渡辺淳一の同名恋愛小説でもあります。私は聞いたことのある題名と「第16回ホラー小説大賞受賞作」の謳い文句にのせられて読むことにしました。

3作品それぞれ読み応えのある中で、私は『幸せという名のインコ』がとても気に入りました。また『化身』は読んでいて背筋が寒くなる場面が続き、これぞ「ホラー」という作品でした。

3作のあらすじとNovelsman Comment<感想>を記します。初刊からだいぶ時が経っていますが今でも十分楽しめる内容と思います。Novelsmanがおすすめしたい一冊です。

『化身』 あらすじ

男は会社に一週間の休暇届をだして南の島にやってきました。カブトムシを捕まえようと密林を進むうちに方向を見失い足元の土が急に崩れ落ちて池に落下してしまいます。巨大な茶筒のような空間の周囲の壁はどこまでも直立して平滑で自力で脱出することが不可能であることを悟ります。

男は池の中程にある亀の甲羅に似た岩の上で過ごすことになります。岩に上がってくる蟹と湧き出る水で食いつなぎながら潜ることを覚え、気がつくと十メートルの潜水を制御する能力を身に着け付けています。半年ほど経つと果樹を発酵させて果実酒を造って飲むことも覚えています。

男の身体は少しずつ、確実に水になじむように変化していきます。男の靴や腕時計が池の底で繁殖した二枚貝に覆われて見えなくなる位の時が経ちました。男の両手両足の指の間には水掻きがあり全身に苔が広がって池に住む者としては都合のよい身体能力を備えるようになっているのです。

さらに時が経って、男は跳躍の能力も身に付けています。黒い鳥との一騎打ちとなり空中で鳥を蹴り上げたとき、密林で発生した竜巻にのって空高く舞い上がり、男は池から陸に上がります。しかし蟻の攻撃にさらされて身体を侵食され、もうここまでか、と観念したその時男の体に変化が起こります。体の肩の部分の角質化した皮膚が剥離して内側から新しい皮膚が現れようとしています。このあと男は。。

『雷魚』 あらすじ

 小学6年生の康夫は、小さな公園で釣りをしている時に端整な顔をして不思議な雰囲気を醸し出す女性と出会います。学校では口裂け女が現れたと話題になっています。康夫はその女のひとが学校で話題になる口裂け女であるかもしれないことを知りながら魅力を感じて、女のひとと会うため毎日池に釣りにいきます。

 村の祭りが近づいたある日、鉦の練習を抜け出して康夫は今度こそ雷魚を釣り上げて女のひとに見てもらおうと吹きあれる雨と風の中で池にルアーを投げます。すると今までに経験したことのない力で竿先が絞め込まれました。水面下に赤いルアーを咥えた雷魚がみえます。その瞬間雷鳴が轟き女のひとが康夫を見下ろしています。女のひとの口元は静かな微笑みを湛えていますが、つばの広い帽子の下から覗く目に光はありません。そして女のひとの両足がふわりと地面を離れます。その時雷魚を引いている左手がふっと自由になりました。。

康夫が夢中になっている女のひとはいったい。。

『幸せという名のインコ』 あらすじ

 「私」は独立してデザインの仕事をしています。利益が出ないので、妻の亜矢子にもう少しのんびり暮らせないものかと、毎日愚痴ばかりこぼしています。

 娘の由紀と亜矢子と「私」は郊外のペットショップにいます。店で一羽の真っ白なインコと目があいました。私が「おい」と呼ぶとそのインコは喜びと期待の感情を表します。こうして私は真っ白のオカメインコを飼うことにしたのです。「ハッピー」と名付けたのは由紀で、鳥を飼いたいと思ってから考えていた名前でした。

 ハッピーはおしゃべりの能力に長けています。なにしろ教えなくても覚えるのです。私たちの会話では使わないような言葉までしゃべる利口なインコです。

 由紀の高校入試の時、「私」は由紀が受験する高校の選択を第一志望か第二志望にするか悩んでいます。私がハッピーにそれとなく問いかけるとハッピーは何かを言っています。第一志望校の名前を言っているのです。「私」は由紀に第一志望を受けることを勧め、由紀は無事合格します。「私」はハッピーを飼ったことを大当たりだと思って満足しています。

「私」はハッピーに何度も助けられることになります。仕事上の一番の得意先が倒産した時も株の売買の時もハッピーが口にする言葉に従えばうまくいくのです。「私」はハッピーを頼りに暮らしを立て直していきます。

 ある日、ハッピーが「私」にいいます。「アヤコシヌヨ」と聞こえます。亜矢子に伝えて医者に診てもらいますが異常ありません。実はハッピーが言っているのはアヤコではなく。。

『化身』 Novelsman Comment

『化身』 生きていく源泉は自由になろうとする欲

物語の中段で男が自己分析する一節があります。

“恐れるものは何もない。不自由は去ったというのに、一向に自由が近付いてこないのである。生き続ける理由も消滅してしまったらしい。満たされない欲求だけが膨張していった。”

『化身』に込められた作者の思いが染み出ているように思えるので引用させてもらいました。主人公の「男」は日が経つにつれて容姿や能力がどんどん人間離れしていきますが人間であることは忘れていません。その生きる原動力は満たされない欲求、どんな人も持っている満足しようとする「欲」であるのかなぁと。

 理屈はともかく、「人間とはこんなもの」と信じて疑わない私の思い込みを覆して人間が得体の知れない姿に変わっていくさま、ホラー小説の真骨頂のような物語でした。

『幸せという名のインコ』 私(Novelsman)にとってのハッピー

 ハッピーが「私」に伝える言葉が「私」の人生を変えていくさまは、はじめのうち私(Novelsman)は心地よい感動を感じていました。読み進めるうちに、それはだんだん怖れのような気持ちに変わっていきました。「私」がハッピーの助言に従って「私」の人生を切り開いていく。ということは、私(Novelsman)にも目に見えないハッピーがいて私の人生を操っているのではないかと。人それぞれ似たような思いを持っているかもしれません。私(Novelsman)は『幸せという名のインコ』のハッピーの超能力に、『化身』とは違った意味でゾッとしながら読み終えました。

 あまり深く考えず前向きに生きることが何より大切だと改めて思いました。

『化身』の著者宮ノ川顕氏が2015年に他界されていることをWikipediaで知りました。私の「ハッピー」が宮ノ川氏の作品に巡り合わせてくれたことに感謝しようと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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