螺旋プロジェクトシリーズ、『月人壮士』を読み終えました。舞台は奈良時代です。聖武天皇は娘の阿部皇女の皇嗣に天武天皇の孫である道祖先王を指名しています。しかし左大臣を務めた橘諸兄は何か理由があって聖武天皇はは別の遺詔を残しておられると疑っています。既に退官している橘諸兄が指名した二人に別の遺詔があるかないかを探るよう指示することから物語が始まります。
日本史の知識が乏しい私は、歴史上の史実にこだわらず読みました。物語は歴史上の人物が聞き取りに答える形で進行します。聖武天皇とその人物について思うがままを話す内容はそれぞれ独立した短編になっています。橘諸兄の指名した二人の調査は聖武天皇時代の複雑な争いの内情を明らかにしていくのです。
『月人壮士』を含む螺旋プロジェクト全9作品は、人間が「山族」と「海族」に分かれて争い、相入れることなく対立することが共通のテーマです。『月人壮士』で皇族は高天原から降臨された「山族」です。一方権力を手にしている藤原氏は「海族」です。天皇の座をかけて山族と海族の争いが終わることはありません。。
聖武天皇の母は藤原不比等の娘、宮子です。皇族直系の男子をさしおいて即位された聖武天皇が悩む情景はまるで史実のように描かれていきます。人間は葛藤し争い続けていることをき気づかせてくれる一冊と思います。
『月人壮士』の要点とNovelsman Comment<感想>を記します。本書を読むきっかけしてもらえると嬉しいです
目次
『月人壮士(つきひとおとこ)』 要点
橘諸兄 たちばなのもろえ
聖武天皇(首(おびと)さま:聖武天皇側近者が呼ぶ尊称)は皇族の中で目立った活躍のない道祖王を皇太子とするご遺詔を残して崩御されます。橘諸兄は、ご遺詔が藤原氏一族に都合よく記されたと疑っています。
そこで橘諸兄は中臣継麻呂と道鏡を呼んで、首さまが別のご遺詔を残していないか調査することを命じます。継麻呂と道鏡は首さまにゆかりのある方と対話して別のご遺詔があるかどうかを探ります。
円方女王 まとかたのおおきみ
円方は帝にお仕えする女官の長、掌待。首さまは幼少のころ、藤原不比等の館で育てられました。円方はその頃から首さまに仕え、長きにわたる先帝の人となりを知る女官です。
円方は宮子の叫びを覚えています。「首はどう足掻いたって、天皇になんかなれやしない。だってあの子は、藤原氏の女宮子の子なのだもの。」 それを聞いた聖武天皇は顔色をかえてその場を立ち去られました。
光明子 こうみょうし
次に道鏡は光明子から話しを聞きます。光明子は藤原不比等の3女で、聖武天皇の妻です。
光明子は己の一族を富ませるためだけに女たちとの戦いを続けたと言います。藤原氏の立場を確固たるものにせんがためにも次の天皇を産むことが光明子の役割でした。
栄訓 えいくん
継麻呂は内道場(宮中寺院)に古くから仕える栄訓を訪ねます。聖武天皇は唐から高僧を招き新しい仏法戒律を定めました。一方で日本に深く根を下ろした大神の末裔、天皇が異国の御仏を信奉することに多くの僧侶が反発しています。栄訓は継麻呂に本音をもらします、「藤原氏の女が母の首さまは、海の向こうからきた外国僧に日本の諸寺を束ねさせるおつもりなのでしょうか」と。
栄訓は御仏の前でぽつんと座り込んで読経されるおられる姿が本当の首さまであろうか、と回想しています。
中臣継麻呂 なかとみのつぐまろ
中臣継麻呂は橘諸兄が亡くなってご時世が変わった今、もうご遺詔探しなど意味のないことを道鏡に説教しています。藤原氏は血筋を遡ると中臣氏の分家です。しかし中臣氏一族存続のために継麻呂の父中臣清麻呂は藤原氏に忠義を尽くしている、と道鏡に語ります。継麻呂にとってご遺詔のことなどどうでもいいことなのです。
道鏡 どうきょう
中臣継麻呂と道鏡が話しています。道鏡はこの国の礎である天皇が藤原氏という海に囲まれた首さまの運命を感じています。首さまは孤独を抱えている、と道鏡はいたたまれない感情を持っているようです。
藤原仲麻呂 ふじわらのなかまろ
当時の真の権力者、藤原仲麻呂が首さまについて本心を語ります。藤原の血が流れる首さまは、遷都を繰り返し、仏教を深く信奉しました。これは首さまにとっていわば海と山を総べる争いでした、その先にあるのは。。
『月人壮士(つきひとおとこ)』 Novelsman Comment <感想>
藤原氏の血族につながる初めての天皇が聖武天皇でこれは歴史書にも明記されています。聖武天皇が即位してからも元藤原氏一族ならではのプレッシャーを感じていたことは予想できます。作者は海と山の「対立」の形で私たちに聖武天皇の心の葛藤を伝えようとしていると思いました。
そして最後の章です。藤原仲麻呂の最後の一節は創作ではないような気がしました。勝手な思い込みですが。
読み進めるのに手間取ってしまいました。名前とその人物の背景、特に藤原一族かどうかを理解してから読まないと後の文章がわからなくなってしまうからです。私が日本史に疎いこと含め少しハードルが高い小説だなぁと感じたのは本音です。ただ首さまの孤独な情景が伝わってきました。だからこそ最後まで読み終えることができたと思います。日本史に興味のある方はもっと物語の世界に入り込めるかも知れません。
螺旋プロジェクト
8組9名の作家があるルールのもと古代から未来までの日本を舞台に、ふたつの一族が対立する歴史を描くシリーズです。2019年に中央公論新社の文芸誌「小説BOC」が行った競作企画です。
『月人壮士』はプロジェクトテーマに縛られているのかな、と感じました。なぜなら海山に関係なく聖武天皇の心の葛藤を掘り下げて表現すれば最後の一節がもっと印象深くなると思うからです。個人的感想です。
他の螺旋プロジェクト作品を読んでみようと思います。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
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